【27歳の転機】コロナの影響でグラフィックデザイナーに転職

パソコンに指差し相談する女性3人の写真

Profile

ペンネーム: ぽりえ

転機の年齢:
27歳
現在の年齢:
28歳
性別:
女性
職業:
グラフィックデザイナー

Before

約9年間、接客業をして生計を立てる

私は高校卒業後、専門学校や大学へは進学せずにすぐに働き始めました。最初こそ事務仕事を選択したものの、半年で辞めてしまいました。

私にはこれといった専門知識がなく、専門職に就くことはできないと考えていていたので、「経験」や「知識」に左右されにくい仕事といえば接客業しか、当時の私は思いつかなかったのです。それから約9年間、比較的時給の高い接客業を選んで生計を立てていました。

比較的時給の高い接客業、と言われると飲み屋さんなどを連想される方が多いと思いますが、私が選んだお仕事はパチンコ屋さんのカフェコーナーで、ご遊戯中のお客様に対して軽飲食物を提供する『コーヒーレディー』と呼ばれるお仕事でした。

お仕事内容やお金に対しては不満はほとんどありませんでしたが、私が一番悩んでいたのは「職場の人間関係」です。主任と呼ばれる役職の方や店舗事務と呼ばれる女性の方が原因で、私は二度も退職することとなるのです。

Turning point

コロナが流行り接客様式が変わる

お店こそ変わっていましたが、27歳になってからもコーヒーレディーというお仕事を続けていました。しかし前々回の店舗同様、店舗事務の女性に以前から悩まされていました。

そんな中、コロナウイルスが大流行することとなるのです。パチンコ店内での接客の仕方も変わっていき、アクリル板の設置、マスクの装着などがマナー化されました。コロナが流行り始めた当初、マスクが品薄状態で手に入りにくい状況となり、価格も高騰していました。店長や主任から、手持ちのマスク着用可と言われていたので、私は知人からいただいた黒いマスクをして出勤しました。

しかしそのマスクに対して店舗事務の女性から「接客なのにそのマスクはないんじゃない?」との声があり、翌日私はピンク色のマスクをして出勤したのですが、そのマスクに対してもクレームを入れてくるので「この緊急事態時に何言ってるんだこの人は」ととうとうキレてしまったのです。

この一件が原因で私は退職することになったのですが、今思えばこのことがきっかけで、人生の転機を迎えることになるのです。

失業保険の説明の書類の写真
コロナの影響で退職し、失業保険をもらいながら職業訓練校へ

After

接客業人生に幕が下り、グラフィックデザイナーへ

退職後、私は「もうパチンコ店で働きたくない」という気持ちを強く持っていました。お仕事に対して不満はありませんが、毎度「人」に悩まされてきたからです。あわせてコロナの影響もあり接客業で生きていくにはリスクが高いと判断したからです。

かと言って専門知識や技術がないから接客業を選んできたわけであり、接客業以外をしようにもそのためのスキルがありません。そこで今回の退職を機に、私は職業訓練へ通いスキルを得ようと考えたのです。

職業訓練校へ通っている間は失業保険が支給されるので、利用しながら半年間、web系の訓練校へ入校しました。そして失業保険が切れる頃に新しい就職先を決めて、グラフィックデザイナーとしてデビューすることに成功したのです。

現在も私は訓練校で学んでことを活かしながら、グラフィックデザイナーとして働いています。コロナが大流行して社会は大きく変化しましたが、コロナがなければ私は今も人間関係に悩みながらコーヒーレディーとして働いていたんじゃないかと思います。退職後はスキルも手に入れられて新しく好きな仕事が出来ていて、人間関係も良好で、辞めて本当に良かったと思っています。

そして、まさかの結婚まですることができてまさしく私の人生のターニングポイントだったと思っています。

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