【32歳の転機】年老いた父親の「無言の厳しさ」が、夢を諦める勇気をくれた

Profile

ペンネーム: おさまるさん

転機の年齢:
32歳
現在の年齢:
53歳
性別:
男性
職業:
会社員

Before

俳優になりたいという夢を抱いて上京。トップスターを夢見ていた

私は18歳で地方から上京し、大学へ進学。その頃はバブル絶頂期で、今の時代と比べれば想像できないほど、楽観的に人生を送る若者がたくさんいた時代でした。

大学ではサークルなどもやりながら、楽しい学生生活を送る毎日ではありましたが、すぐに就職を考える時期に。しかし私には、子どもの頃から俳優になりたいという夢がありました。

上京したのは大学進学のためでしたが、俳優への志もあったため、1年生の時から、そこそこ名前のある劇団に入団。新米ながら、いくつかの舞台を経験し、卒業するころには所属事務所も何と決めることが出来ました。当然、最初から食えるわけではありませんでしたから、卒業後もアルバイトを重ねながら、トップスターになる日を夢に見る生活がスタートしました。

Turning point

父の無言の優しさが私を変えたきっかけです。

俳優業をやり続けていきましたが、やはり現実は厳しかったです。舞台は年数回程立っていましたが、なかなか映画までとはいかず、そうなってしまうと経済的に大変苦しくなってきます。アルバイトはなかなか辞められず、たまの盆正月に帰省したいにも関わらず、交通費を捻出することが出来ない。それを見兼ねた父親が旅費を工面してくれた時もあり、一生父親へは頭が上がらないと感じたのはこの頃からだと思います。

そうして私は28歳の時、俳優としてなんとか成功をおさめたい一心で、ニューヨークへ一人で旅立ちました。ピザ等の問題もあり、長期滞在は困難でしたが、それでも約3年ほど暮らして多くのことを学びました。その後日本へ戻り、以前お世話になった劇団関係者の方とお会いして活動を再スタートさせました。

しかし日本での活動を始めるや否や、私は大動脈解離という病気で倒れてしまい、即活動は停止。これは、手術費用も高額なうえ、長期の入院も必要な事で、相当なショックを受けました。

そして病気の知らせを受けた父親が、田舎から上京して、医療費を工面してくれることになりました。当時、父親は既に70歳近かったと思います。感謝の気持ちは一杯でしたが、あまりに自分が情けなく、うまく父親の顔を見れなかったことを今でも覚えています。

病院での父との会話は、田舎のおふくろの話や、普通の世間話をするだけで、「俳優をあきらめた方がいい」という言葉一切使いませんでした。そんな中、私は入院中に一つの決意をしました。「俳優はやめて、サラリーマンになろう」と。

退院後、33歳から就職活動を始める事となります。

何も言わない父との会話が人生を見つめ直すターニングポイントに

After

人並みの人生を送れるようになりました

何とか就職先として決まったのが、通信系企業での営業職の契約社員。父への感謝と、これから恩返しすることを決めた私は、がむしゃらに仕事に打ち込みました。

営業職では、今まで培った俳優業での経験も上手く生かされ、成績は既存メンバーを超え、トップになる事が頻繁に起こりました。そして実績が認められ、入社してから約3年ほどで正規社員になり、その後全国の支店に転勤するなどアクティブに動く日々が始まりました。役職も徐々にアップしていき、支店長もいくつか経験して実績を残すことが出来ました。

42歳の時に今の妻と知り合い、結婚。娘を一人を授かりました。今は50歳を超え、そろそろ退職後の生活も考える世代となりましたが、あの頃の辛い日々を考えれば、全く苦痛を感じることはありません。父親が2年前に亡くなったのは残念でしたが、引き続き父親への恩返しは続けていきたいと考えています。

今思うと、当時父から受けた、「無言の厳しさゆえの優しさ」が私にとってターニングポイントで、人生の転機になったことは言うまでもありません。

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